独吟百韻分析による宗祇連歌の多面的新研究

 (平成29年度〜33年度 基盤研究(C)研究課題番号 17K02421

〔研究組織〕

研究代表者 伊藤伸江 愛知県立大学教授

研究分担者 奥田勲  聖心女子大学名誉教授

〔研究概要〕

  本研究は、中世文学史上稀有な達成を示した連歌作者宗祇について、その宗祇に連歌の師として多大な影響を与えた心敬を共同で研究してきた伊藤と奥田が、心敬研究で得られた新見をふまえ、宗祇の自撰句集『宇良葉』を主な対象とし、特に宗祇自身が句集におさめた三種類の独吟百韻に詳細な検討を加え訳注を完成させることで、宗祇の文学的特質を明らかにすることを目的とする。

 

 宗祇(1421〜1502)は、連歌・和歌・古典研究・紀行文などに多岐にわたり多大な業績を残し、とりわけ連歌を中世詩としての高みに引き上げた、連歌界の巨人であった。研究対象として非常に大きな存在であり、これまでの宗祇研究は、主として生涯を概観して年譜を作成し、年譜から生涯のある時期の指標となる大きな作品を選び論ずる形ですすめられてきた。例えば、伊地知鐡男『伊地知鐡男著作集1宗祇』(平成8・汲古書院、初版昭和18)や、金子金治郎『宗祇の生活と作品』(昭和58・桜楓社)、島津忠夫『連歌師宗祇』(平成3・岩波書店)、奥田勲『宗祇』(平成10・吉川弘文館)などである。宗祇の前半生には出自・事跡などの謎が多くあり、後半生には多くの旅をなし様々な分野で膨大な作品を生みだしていることから、伝記的研究に重点を置いた両角倉一『連歌師宗祇の伝記的研究旅の足跡と詳細年譜』(平成29・勉誠出版)や、廣木一人『連歌師という旅人宗祇越後府中への旅』(平成24・三弥井書店)、『室町の権力と連歌師宗祇 出生から種玉庵結庵まで』(平成27・三弥井書店)のように、生涯のある時期を区切り対象とした書も存する。

 

 宗祇の連歌作品は、近年『京都大学貴重連歌資料集』、『大東急記念文庫善本叢刊』などの新たな影印刊行が進み、所蔵先のホームページでの閲覧可能資料も多くなりつつある。翻刻も江藤保定『宗祇の研究 資料編』(昭和42・風間書房)、古典文庫『千句連歌集』(四〜七、昭和57〜60)、岩波文庫『宗祇発句集』(昭和28)、古典文庫『萱草』(昭和25)・『下草』(昭和53)・『老葉』(昭和28)、『貴重古典籍叢刊宗祇句集』(昭和52・角川書店)、『連歌古注釈集』(昭和54・角川書店)、国際日本文化研究センターの連歌データベース等に加え、『連歌大観第一巻』(平成28・古典ライブラリー)に、『宗祇百句』『萱草』『老葉』『下草』『自然斎発句』が入り、さらに新しく概観できる素地が、整ってきたといえよう。

 

 だが、伝記に関して、いまだ諸学の説に対立点は多く、連歌作品に関しても、作品の多さに比して注釈も少ない。本研究は、こうした状況の整理・解決に資するため、宗祇の自撰発句集『宇良葉』に存する三つの独吟百韻の訳注を試み、それぞれの百韻の解読を伝記研究と関連させてなしていく。

 

  研究に際しては、連歌宗匠としての宗祇の連衆吟に於ける取り回しの方法の理解を前提として、百韻全体を理想的な句運びに仕上げようとする創作意識が、法楽祈願のような宗祇独自の心性の発露といかに影響しあっているかが大きなテーマとなる。あたかも複数人で詠んでいるかのように付句を投げかける練達の連歌師の姿の中に見え隠れする、「独吟は巧者なども仕り難き物」と表明しつつ、しかし誰よりも多くの独吟を詠んだ宗祇ゆえの心性をあらためて検証する必要があろう。さらに、百韻の精査読解というアプローチを取ることで、付合がいかに連歌論の礎になっているかが明らかになることも心敬の研究からわかっており、連歌行様の理論や句選択の方向から、宗祇連歌論の再検討にもつながるものと期待される。